館長の部屋
月光図書館館長の雑記です。読んだ本のこと、日々のことなどを綴っています。
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どんなジャンルも読みますが、外国人作家、児童文学作品をよく読みます。漫画も好きです。
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2009
05,06
16:36
どうせ生きるなら
CATEGORY[日本の小説]
「ポトスライムの舟」 津村紀久子作 (第140回芥川賞受賞作)
「乳と卵」 川上未映子作 (第138回芥川賞受賞作)
芥川賞受賞作ということで、読んだ二作。両作品とも作者は同世代の女性で、大阪弁の文体。何とはなしに生きている独身女性の主人公が、身近な女性と関わる日常や、ちょっとした事件を描いた小説です。しかしながら、文章の性格は正反対でした。津村氏は、無機質にあっさりと。川上氏は、ねっとりと濃密に。読後感としては、両作品にはあまり共感できず。そういう現実だな、と思わせるようによく描かれていますが、根本的に自分の生き方の芯とは違っていました。主人公達は、漫然と生きていくことをよしとしており、他者と関わるエネルギーが欠如しています。それこそが、今の時代を捉えているという一つの評価でしょう。作品の構成は良いとしても、自分の生の人生に比べると弱くて、あえて読まなくてもよかったかなという印象。
「西の魔女が死んだ」 梨木香歩作
ケアマネ試験前後より少しずつ読み進め、やっと完読。「裏庭」と基本テーマは同じでしたね。世代別女性の生き方について・母と娘の関係について等々。ファンタジーでありながら、理知的な小説。読めば、自分も西の魔女に弟子入りして、鍛えられます。個人的には、併録されている、主人公の少女のその後の人生を描いた「渡りの一日」が好きです。ここで描かれるように、不思議と全ての事象が必然としてめぐり合うということを体験してきました。そして、新しく柔らかな感性の女性の時代がくればいいなあという明るい結末。常に芯は保ちつつ柔軟であること。そんな生き方が、自分も周囲も心地よくさせていくのでは。
今回の読書では、生き方にも温度差があるとよくわかりました。自分はエネルギーを駆使して生きたいと行動するタイプのようです。
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2008
04,27
17:41
こんなにも女の体はたくましい 「月の小屋」
CATEGORY[日本の小説]
「月の小屋」 三砂ちづる作
毎日新聞社
「オニババ化する女たち」の著者による短篇集。作者は疫学の研究者であり、小説としてはそんなに期待せず読みましたが、予想を裏切る面白さ。装丁も非常に美しいです。
6つの物語は、そのまま6人の女性の人生が語られています。フィクションでありながら、どの人生にも、これまでの体験や見聞が重なり合い、妙に納得しながら読みました。国際開発の仕事に携わるということ。残酷で狡猾なダメ男と尽くしてしまう女。家族間の嫉妬と攻撃、依存。妊娠・出産の悲喜。女の一人暮らしと摂食障害。そうじ・片付けの極意。夫婦の営み。結婚する娘の体の準備等々…。
中でもそうじの達人の話は圧巻でした。どこにも書かれていないそうじの極意と、その裏にある人生の物語。それを知っても、出来る人は出来るし、出来ない人は出来ないという理にもため息。ささやかなエピソード一つ一つも、綿々と受け継がれてきた知恵であり、意外とどこにも書かれてこなかったことが、ぽん、と差し出されています。
「私たちはたくさんのことを忘れてしまったな、と思う。」
民俗学の名著、「忘れられた日本人」宮本常一氏の眼差しを思い出させる物語たち。閉鎖された農村社会で、束縛も強かったでしょうが、それを生き抜く人々のネットワークと、性に対するおおらかさ。女性から女性へと伝えられる知恵。世界が広がり、情報も選択も格段に多くなった分、確かに現代の女性は孤独かもしれません。体のことも、夫婦生活のことも、何も知らされることなく、教えてくれる人もなく、自分だけで決めていく人生だから。
最後の世話焼きばあさんの話も、いいですよ~。月の小屋という名前の意味も素敵です。読むと明るい気持ちとなります。宮本氏の言葉を借りるなら、女たちのエロばなしの明るい世界は女たちが幸福である事を意味している、のです。
女性は家のことをするだけで、悟りの境地へ近づくと聞いたことがあります。家族をみるということは、それだけのエネルギーと気づきを生み出す行為。家は、非常に高度なコミュニケーション能力を鍛えられる場。取捨選択の中で、悩んで悩んで家事育児介護仕事を引き受けている女性たち。答えは無くとも、日常は続いていく。生活は、こんなに体と密着している。この本を読んだ誰かと、語り合いたい気分です。
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TB[]
2007
05,21
07:52
喪失の恐怖
CATEGORY[日本の小説]
「失われた町」 三崎亜紀著
集英社
30年に一度、町の意思によって、ある日突然一つの町が消滅する。建造物は残し、町に住む人々だけが忽然と姿を消す。 私たちの住む世界と似ているようで、どこか違う架空の世界が舞台の小説。
プロローグは、今まさに消滅を迎えようとしている町と対峙する人々の姿から始まります。町の消滅に関わる7つのエピソードを経て、迎えるエピローグ。
久しぶりに、小説の醍醐味を味わえた良作。独特の世界を表現する言の葉、リズム、各エピソードとプロローグ・エピローグが全て無駄なく配列された構成。そして、高まる感情と読後残すもの…。新しい世界を余すことなく堪能できました。
テーマは「喪失」です。抗うことのできない絶対的なもの=町の消滅という現象を通して、人々は恐怖や無知から生まれる差別、蔑み、拒否を繰り返します。そこに救済や救いはなく、受け入れるものとして対処するだけです。世間では「穢れ」として扱われる、消滅という現象に積極的に関わる登場人物たちも、自らの意思によって淡々と現況を受け入れ、望みをつなげていく生き方を選択しています。ここは、国家による絶対的な管理下におかれた世界。徹底的な情報管理社会にも関わらず、決して侵入できない個人のスペースが存在するということ。芸術の力が町の消滅への対抗手段として重要な要素を占めているために、わざわざ難解な方法で感覚機能を表現している箇所が多く、細かい設定を理論的に追求したり考え込むよりかは、違和感に抗わず、感覚の波に乗るように読んだら楽でした。
死や別れという実体験で起こりうる喪失を受け入れるまでも、かなりの時間が必要であるのに、(または受け入れられないかもしれないのに)「町の消滅」によって親しい人を突然喪い、その人に関する情報も全て没収され、悲しみも記憶も語ることができないという社会…。今、新しい命を生み出そうとしている体だからこそ、家族や愛する人を喪失し生きていくという感覚が妙に強く迫ってきました。人が皆違うように、喪失の受け止め方も、生きる選択も他人には判断できないはずなのに、人は自分の物差しで審判を下したがります。目の前のものをあるがままに受け入れる、ということの難しさ。本を読んでいない時間も、喪失の悲しみや恐怖といった冷たい感触に常に蝕まれているようでした。
初めて読んだ作家ですが、他の作品も興味が湧きました。
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TB[]
2007
05,04
08:57
人生はグロテスク
CATEGORY[日本の小説]
二日の晩は、美しく、力強い満月が見られました。心なしか、冬までの冴え冴えとした光ではなく、温かみのある色を感じました。
「グロテスク」 桐野夏生著
読み応えのある作品と聞き、「魂萌え!」に続き読みました。
昼は一流企業の総合職、夜は売春という二重生活の女性が殺されるという実態が話題を呼んだOL殺人事件。無差別テロ事件を起こしたとある新興宗教団体。幼稚園から大学まで─お受験戦争の象徴のような、エスカレーター式の某有名エリート校。
小説は、上記3つの実在する事件や組織を土台において、ハーフの姉妹とそれを取り巻く人間の、憎悪にまみれた一生を描く物語です。
何より精神の安定が必要なこの時期に、こーんなグロテスクな内容を読んでいいものか?と何度も中断しかけた本です。一言で表すなら、「悪意」が支配する本。「ありとあらゆる差別を描きたかった」という著者の主旨のとおり、最初から最後まで、全てのページにぎっしりと、日本社会に蔓延する差別に伴う負の感情がつめこまれています。
スイス人の父と日本人の母の間に生まれた二人の姉妹。絶世の美少女である妹と、平凡な容姿の姉。物語は、中年のフリーターとして地味な生活を送る姉の独白で始まります。家族を支配しようとする父と、父の言いなりとなる弱い母を軽蔑し、妹に対しては容姿のコンプレックスから徹底的に憎む姉。やがて姉は受験を勝ち抜き、スイスへ移住する家族と離れ、日本に残ってエリート高校へ入学。そこで、小等部から通う裕福な「内部生」と、中学、あるいは高校から入学してきた「外部生」との圧倒的な差別社会の洗礼を浴びます。
姉の独白以外に、三人の人物がそれぞれ残した手記(一つは申告文)が登場します。モデルからホステス、娼婦という人生を歩み、最後は客に殺される美貌の妹ユリコの日記。姉と高校時代の同級生で、エリートOLでありながら夜は売春のバイトをしてユリコと同じ犯人に殺されたとみられる和恵の日記。そして、二人を殺害した容疑者である中国人チャンの上申書。この三つの手記が挿入されることによって、それぞれの登場人物が食い違った供述をしていることが明らかになり、読者は何が真実なのか混乱させられていきます。まさに、「真実は藪の中」です。
恐らく、著者が最も渾身の力を込めて書いた部分…多くの読者に衝撃を与える箇所が、最後に登場する和恵の手記「肉体地蔵」でしょう。
何故、彼女は二重生活を送ったのか。どんなに安い金でも、どんな場所でも、どんな行為でも求められれば体を売った和恵。学園生活でも、社会でも、ひたすら壊れていく彼女は叫び続ける。
勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい、一番になりたい。
いい女だ、あの女と知り合ってよかった、と言われたい。
幼少から繰り返される容姿の評価。それは学力を含む能力全てを覆す「女としてのランクづけ」。ありとあらゆる差別の現実は、家庭から学校生活、社会にでてからも継続しています。その出口のないランクづけにさらされたことのある人ならば、和恵の狂っていく様は、デフォルメでもなく、真摯な叫びとして響くでしょう。家柄がよく、高学歴で一流企業に勤め、容姿端麗でもてはやされ、仕事もできる女。誰もが求めてくれる女…。加えるならば、結婚して子どもを産んでも若くて美しく、家庭も仕事も充実している女という目標もあるかもしれない。日本にあふれる情報は、過酷な競争社会を扇動し続けています。
もし、登場人物に受容という経験があったなら、この物語も全く違った内容となっているでしょう。ここには、自分の弱さを守るために、全てを敵と思い、攻撃し続ける意志しかないのですから。
OL殺人事件の詳細や、外国人労働者の実態についてもよく取材されて書き込まれています。読む際には、気力体力が十分なときにおすすめします。
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2007
04,01
10:58
スローフード・スローセックス
CATEGORY[日本の小説]
昨日の「食べる女」感想の続きです。
食を楽しめる(お酒やお茶類、おやつものまで)人は、性的な心地よさも楽しめる人と、直感的に、または実体験として納得します。
まず一番に感謝すべきは自分の母親です。食に興味が深く、とにかく料理が上手です。けして裕福な家庭ではありませんでしたが、限られた予算の中で、季節や行事を大切にし、和食・洋食・中華、お菓子類全般、パン・ピザなんかもいつも手作りで食べさせてくれました。お誕生日会にて母の手作り料理やケーキに感嘆する友達の顔、学生時代母の作るお弁当がクラス内でも評判で、毎日クラスメートが自分のお弁当の中身を見にくる思い出など、幸せな娘だったと今でも思い出します。
大学時代に一人暮らしを初めてから、一人でも不思議と母の作ってくれた食生活どおりに自炊する自分がいました。
でも何より、母がすごいなあと感心するのは、相手の好みを取り入れて料理もお菓子も作ってくれること。独りよがりではなく、家族の好みを巧みに取り入れて作ってくれました。「食べる女」で感じることの一つは、登場人物たちが食べる相手の好みに鈍感な人が多いなあということ。自分の好みも維持しつつ、相手の気持ちも察せられて対応できる技量が身につけば、料理もセックスも本当に楽しいのでは。基本を学び、それでやっと応用が効くというのは、勉強も食もセックスも同じ。
現在は結婚し、出産を控える身。食も性も、身の丈にあった範囲で、いかに自分も相手も幸せな気分で過ごせるか…この工夫が楽しいです。今を継続させるには、変化が必要。より真剣に、食も性も探求していきたいです。(あ、あと節約技も)
ちなみに、スローフードのスローは、ファーストフードのファーストに対してつけられた言葉です。遅く食べるという意味ではなく、その土地のものや季節をとりいれたものを食べるなど、世界が全く同じではなく、それぞれの文化を尊重した食生活を見直そう、楽しもうというたくさんの意味合いが含まれるそうです。著者筒井さんの宣言、やっぱり素敵です。
4月となりました。今月のホームページ更新は、3日満月の夜。ギャラリーの更新を予定しています。
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