館長の部屋
月光図書館館長の雑記です。読んだ本のこと、日々のことなどを綴っています。
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2007
05,26
17:43
強さの先には…
CATEGORY[児童文学]
「エルデスト ドラゴンライダー2 宿命の赤き翼 下」 クリストファー・パオリーニ著
架空の世界を舞台に、ドラゴンと力を合わせ戦う戦士・ドラゴンライダーの成長の物語。全3巻のうち、ようやく第2巻の後編を読みました。(第1巻「エラゴン」は先日映画化されました。観ていませんが…)
表題「エルデスト」の意味が下巻の最後にやっとわかるのですが、なかなか主人公のこれからの苦難の道が想像され、意外な展開を見せています。第1巻や第2巻の上巻では物足りなく感じた物語の厚みも、下巻に進むと、幾つかのエピソードがふくらみ始め、面白くなってきました。
基本は、エルフやドワーフ、暗黒の生き物、魔法や剣が炸裂する冒険ファンタジーであり、少年だった主人公が過酷な旅と戦、修行を通じて成長する王道のストーリー展開です。下巻ではさらに、ドラゴンの生態の描写や、魔法のエネルギーの形態・歴史など独自の理論も豊富になっています。
戦闘シーンも迫力があり、人が死んだり血を流す場面もリアルです。残酷な王が君臨し、自分より下等な生物なら殺す、絶対の悪は迷わず滅ぼすという世界。生きるため、世界をよくするために主人公も悩みながら戦うのですが、理想のためとはいえ、戦争は避けたいという思いは深まります。魔法や剣の強さを高めていくということでしか相手を倒せず、世界を変えられないという設定がなんともつらくなります。
とはいえ、ここまできたので、第3巻が出版されましたら、最後まで読もうと思っています。
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2007
05,25
09:21
落ち着かない
CATEGORY[妊娠・出産]
予定日もあと10日ほどになりました。お腹もすっかりおさまっており、本当に生まれるのかしら?と実感のない日々が過ぎてゆきます。
買い物へ行っても「明日生まれるとしたらこれを買っても…」といちいち考えてしまいます。逆に、「悔いのないように!」と目先の美味しそうなものには気がゆるむといいますか、もう今更体重増えても産むだけだし…と自分への甘さ爆発。
パンやらピザ作りもしばらく出来ないかと思うと、せっせとやる気になります。そんな中で、これは忘れられない味。
クロワッサン。お店の味みたいに焼けました。
手間がかかる生地ですが、予想以上に本格的な味となります。感動。
シナモンロールも、本の作り方より、映画「かもめ食堂」での作り方のほうが美味しく焼けました。あとは、漫画「Q.E.D」を読んでどうしても食べたくなったチーズケーキを焼くだけです。とにかく映像に影響されて「これ食べたい!」と思い始めるとやっかいです。グルメ番組なんて自主的に消さないと後が怖いものです。(でも、山盛りのスペアリブの夢なんか普通に見ちゃうのです。誰か焼いてください。)
図書館へ行ってもいつもどおり借りるわけですから、「これを読み終えるまで生まれないで!」とそわそわ。長編なんて借りちゃいけないのですが、人気作品だと借りられること自体が稀なもので。
複数の知り合いの人に「臨月の妊婦の顔に見えないね」と言われますが、妊婦の顔の特徴ってなんだろう?と興味深々です。
そういえば、安定期のころから愛用していた妊婦用ズボン。大きくなるお腹に合わせてウエストがゴムで調整できる優れものなのですが、昨日はこうとして手をのばしたら、ゴムが「ビチッ」とちぎれましてね。もうズボンも疲れたのだろうなーという感慨と、いやいやはいてからちぎれたらショックだったろうなーという安堵感に包まれました。(さすがにゴムがないと、プラスウエスト20~30センチサイズのただのズボンですので、はけませんとも。)
眠りの浅さは赤ちゃん並みです。だいたい寝れて1~2時間。常に夢を見続けています。今から授乳のためのサイクルになっているのでしょうね。
お腹の中が窮屈なので、赤ちゃんが動くと皮が破けそうです。一番出っ張るのが右のウエスト部分。ということは、横腹まで子宮があるということ?どんな大きさだ?
こんな毎日です。
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2007
05,22
08:35
チェロとドンキホーテ
CATEGORY[音楽]
ロシアの世界的なチェロ奏者で指揮者のムスチスラフ・ロストロポービッチ氏が先日亡くなられたそうです。享年80歳。
日本でも現在彼のドキュメンタリー映画が公開されており、大都市のみの上映のため、さすがに田舎の妊婦では行くことも叶わず、DVDを楽しみに待っていた矢先のニュースでした。
実は、ロストロポービッチ氏の演奏は、以前よりすすめられていたにも関わらず、まだ聴いていなかったので、彼の追悼番組を見たことで初めてふれました。
「追悼ロストロポービッチ75歳最後のドンキホーテ」
NHK教育TV 5月13日放映
番組の前半は、ロストロポービッチが自身最後となるシュトラウス作曲「ドンキホーテ」の演奏を、小澤征爾指揮サイトウキネンオーケストラと行った際のリハーサル風景を映したドキュメンタリー。後半は実際の演奏と彼の親友が撮ったドンキホーテの映像詩を組み合わせたものでした。
世界中で聖書の次に読まれているという物語、ドンキホーテ。主人公ドンキホーテは、自分こそが騎士の中の騎士であると思い込み、従者サンチョパンサを従えて遍歴の旅に出、空想の美女ドゥルシネアを追い求めるというストーリーです。ドキュメンタリー部分では、一つ一つの楽章がいかにドンキホーテの心情に迫っているかをロストロポービッチが語り、親友小澤征爾とオーケストラにこと細かく説明をして、一つの演奏を作り上げる過程が丹念に描かれます。
さして興味がなかったこの物語。ストーリーを知っても、主人公の夢想家ぶりに呆れる程度の感情でした。それが覆ったのが、後半の映像詩の部分。どんな境遇でも音楽への夢を捨てなかったロストロポービッチが、ドンキホーテに自分を重ねて生きてきたという意味が、自然と入り込んできました。どんなに馬鹿にされても、現実と理想が違うということを目の当たりにしても、最後まで、ドンキホーテは自分の人生を受け入れて生きているということが、豊かな演奏と映像にゆだねられて伝わってきました。最後にドンキホーテが息をひきとるシーン。美しい旅の追憶と最後の呼吸。チェロの唸る声と、去っていく魂…。まさに、演奏家が全ての瞬間に全力をかけて表現しているという姿に圧倒されました。
少しずつ、彼の他の演奏も聴いていこうと思います。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
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2007
05,21
07:52
喪失の恐怖
CATEGORY[日本の小説]
「失われた町」 三崎亜紀著
集英社
30年に一度、町の意思によって、ある日突然一つの町が消滅する。建造物は残し、町に住む人々だけが忽然と姿を消す。 私たちの住む世界と似ているようで、どこか違う架空の世界が舞台の小説。
プロローグは、今まさに消滅を迎えようとしている町と対峙する人々の姿から始まります。町の消滅に関わる7つのエピソードを経て、迎えるエピローグ。
久しぶりに、小説の醍醐味を味わえた良作。独特の世界を表現する言の葉、リズム、各エピソードとプロローグ・エピローグが全て無駄なく配列された構成。そして、高まる感情と読後残すもの…。新しい世界を余すことなく堪能できました。
テーマは「喪失」です。抗うことのできない絶対的なもの=町の消滅という現象を通して、人々は恐怖や無知から生まれる差別、蔑み、拒否を繰り返します。そこに救済や救いはなく、受け入れるものとして対処するだけです。世間では「穢れ」として扱われる、消滅という現象に積極的に関わる登場人物たちも、自らの意思によって淡々と現況を受け入れ、望みをつなげていく生き方を選択しています。ここは、国家による絶対的な管理下におかれた世界。徹底的な情報管理社会にも関わらず、決して侵入できない個人のスペースが存在するということ。芸術の力が町の消滅への対抗手段として重要な要素を占めているために、わざわざ難解な方法で感覚機能を表現している箇所が多く、細かい設定を理論的に追求したり考え込むよりかは、違和感に抗わず、感覚の波に乗るように読んだら楽でした。
死や別れという実体験で起こりうる喪失を受け入れるまでも、かなりの時間が必要であるのに、(または受け入れられないかもしれないのに)「町の消滅」によって親しい人を突然喪い、その人に関する情報も全て没収され、悲しみも記憶も語ることができないという社会…。今、新しい命を生み出そうとしている体だからこそ、家族や愛する人を喪失し生きていくという感覚が妙に強く迫ってきました。人が皆違うように、喪失の受け止め方も、生きる選択も他人には判断できないはずなのに、人は自分の物差しで審判を下したがります。目の前のものをあるがままに受け入れる、ということの難しさ。本を読んでいない時間も、喪失の悲しみや恐怖といった冷たい感触に常に蝕まれているようでした。
初めて読んだ作家ですが、他の作品も興味が湧きました。
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2007
05,18
05:56
絵の中の魂
CATEGORY[芸術]
諏訪湖畔にあるハーモ美術館にて開催中の
「田中一村展」
へ行ってきました。
絵葉書。以前は売り切れで手に入らなかった。
6年前、奄美大島に田中一村記念美術館ができたとき、早速訪れました。
新聞の小さな記事に、一村の絵の感想が書かれており、その短い言葉を頼りに、奄美へ渡った記憶があります。
幼少の頃より絵の才能が開花し、「神童」とも呼ばれた一村。美術学校を入学後すぐに退学。中央画壇との決別。千葉の田舎でひっそりと自分の絵の支持者のためだけに描きつづける。
晩年、旅を通して出会った南国の風景に心を奪われ、50歳で奄美に移り住む。生計のために肉体労働をし、お金が貯まったらひたすら絵を描くという暮らし。誰に看取られることなく、69歳でひっそりと生涯を閉じる。
淫蕩に身を持ち崩した親を見て育ったためか、生涯なんら欲を求めることなく、ひたすら自分の絵を求めて描きつづけた一村。奄美へ渡るまでの絵は、抑制された空間と厳しいまでの描写、張り詰める魂を感じます。
晩年、南国の風景を通した一村の絵は、眠っていた彼の色気を昇華させ、完璧なまでの描写と妖艶さが一体となっているようです。
奄美で初めて彼の絵と向き合った時、本当に絵の中の魂に圧倒されたとしか言いようがありませんでした。
没後高い評価を得ている一村ですが、彼のファンのことを「一村病」とも呼ぶそうです。絵に対する熱も勿論、その壮絶な生き方に取り込まれてしまう人々という意味を込めて。
生涯病と貧しい暮らしが続き、身内にも自らの絵のために犠牲を強いる。気性の激しさから社会とも上手に折り合いがつかず、画家としても無名のままに亡くなる─。
「絵の中の魂は永遠に生き続けるのです。私の名前は誰も知らなくていい─。」
一村の言葉。
貴方の絵は永遠に生き続けるでしょう。その魂とともに。
コメント[0]
TB[]
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